日本銀行の植田和男総裁は、金融市場の混乱を招くことなく、政策金利を17年ぶりの高水準に引き上げた。事前に市場に強力なシグナルを送っていたことが功を奏した形だが、こうした市場との対話手法に対してはデータ軽視につながるといった懸念の声も出ている。
日銀は24日の金融政策決定会合で、政策金利の無担保コール翌日物金利を従来の0.25%程度から0.5%程度と2008年以来の水準に引き上げた。金融市場では今回会合での利上げがほぼ織り込まれており、影響は限定的だった。先週、氷見野良三副総裁に続いて植田総裁も今回会合で利上げの是非を判断すると言及したことなどを受け、それまで4割程度だった織り込みは9割台に加速した。
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昨年7月の前回利上げの際は、日銀から事前の情報発信が乏しかったため、市場ではサプライズと受け止められた。植田総裁の記者会見での
タカ派的な発言も加わり、日経平均株価が8月5日に過去最大の下げ幅を記録するなど市場が大きく動揺。米国をはじめ海外の株式相場にも影響が波及した。その意味では、前回の教訓を生かしたとも言える。
大和証券の岩下真理エグゼクティブエコノミストは、今回会合に向けての日銀のコミュニケーションの変化は「7月利上げが世界市場を揺るがす一因となったことがトラウマとなっていることを示唆する」との見方を示した。
植田総裁は今回会合後の会見で、今後の緩和度合いの調整のペースやタイミングは「経済・物価・金融情勢次第で予断は持っていない」とし、毎回会合で各種データ・情報などを基に適切に政策判断していくと説明。緩和的でも引き締め的でもない名目中立金利は日銀の分析では1-2.5%に分布していると言及し、0.5%への利上げ後も「まだ相応の距離がある」として政策正常化に意欲を示した。
日銀の植田和男総裁
Photographer: Akio Kon/Bloomberg みずほ証券の松尾勇佑シニアマーケットエコノミストは、今回の植田総裁会見について「どんどん利上げを進めていくような雰囲気までは感じなかった。その面では、昨年7月の時ほどタカ派的な印象はなかった」と指摘。利上げのタイミングやペースに対する具体的な言及を避けつつ、利上げ期待を損なわない内容で「うまくコミュニケーションができた。切り抜けたという印象だ」という。
もっとも、長期的にみると、今回の日銀のように中央銀行が可能性の高い会合結果を事前に市場に示唆することは、市場参加者が各会合での決定に対して異なる賭けに出る機会を奪うことになる。また、政策決定の根拠となるべき経済・物価動向から焦点がずれることにもなり、中央銀行が直前に考えを変える柔軟性も失われる。
JPモルガン証券の藤田亜矢子チーフエコノミストは、予想が割れていてこその市場だとし、過度に政策変更を織り込ませると「マーケットの機能度が戻らなくなってしまう。何かあったときに健全な取引が行われず、大きな混乱を招くことになりかねない」と懸念。日銀が政策正常化を進める中で、「日銀がガイドしてくれて当たり前という状況から離れていく方がよい」と語った。
植田総裁が指摘したように、先行きも利上げを続けて中立金利に近づいていけば、経済への影響について、一段と注意深く見ていく局面に入っていくことになる。利上げ判断が一段と難しくなることは避けられず、コミュニケーションも複雑になることが想定される。
植田総裁が日銀審議委員当時に秘書を務めた野村総合研究所の井上哲也シニアチーフリサーチャーは、「利上げを市場に織り込ませるためのこれほど明確なコミュニケーションは、市場が日銀だけを見ていればよくなってしまい、何回も使うとリスクを伴う」と指摘。市場が示す景気見通しやさまざまな見方を見えにくくし、「市場本来の機能を損なう」と警鐘を鳴らす。






