世界が新型コロナウイルスの感染拡大に不安を募らせていた2020年2月20日、1人のトレーダーが大勝負をしようと、ウォール街の銀行に連絡を取り始めた。
シンガポール在住の英国出身トレーダー、ジャン・ラルフ氏は、コロナの脅威は過大評価されていると確信。世界市場が落ち着けば米国債価格は下落すると考え、そこから利益を得るために銀行の協力を求めた。
シティグループや
ゴールドマン・サックス・グループなどの金融機関が応じ、ラルフ氏のために総額26億ドル(約3900億円)の一方向のポジションを構築した。
このポジションはラルフ氏の運用会社ブラックブルック・アセット・マネジメントの純資産規模の1万1000倍に相当した。
この勝負は裏目に出て、ブラックブルックは20年3月10日に破綻。銀行側は約2億5000万ドルの損失を被った。
破綻に至るまでには警告サインが数多くあった。ブラックブルックにはわずかな従業員しかおらず、ラルフ氏のトレーダーとして評判は賛否が分かれた。
ブルームバーグ・ニュースが確認した法的文書によると、あるビジネスパートナーはかつて、ラルフ氏にリスクを取り過ぎていると警告していた。
ブラックブルックの破綻は当時ほとんど注目されなかったが、ウォール街の銀行が高リスクの取引相手と関わる際にいかに危うい綱渡りをしているかを示している。
1年後には米投資会社
アルケゴス・キャピタル・マネジメントが破綻し、銀行に100億ドル超の損失を与えた。
コーネル大学のチャールズ・ホワイトヘッド教授は「ブラックブルックはアルケゴスほどの衝撃を残さなかったが、振り返れば当時の銀行のカウンターパーティー(取引相手方)リスク管理に潜む根の深い問題を示す炭鉱のカナリアだったのかもしれない」と語った。
ラルフ氏(48)に何回かコメントを求めたが応答は得られていない。裁判所資料によると、同氏は不正行為を否定しており、自身の取引戦略は「まったく予測不能」な20年3月5日の原油価格急落がなければ利益を上げていたはずだと主張している。
原油急落で投資家が米国債に殺到したことが、戦略が破綻した要因だったという。
この一連の取引については、ロンドンの法廷で審理される見通しだ。ラルフ氏は自身の会社の清算人から、不正取引を行い英国会社法上の義務に違反したとして訴えを起こされている。
ラルフ氏はこれらの疑惑を否定しているが、敗訴した場合、同氏が銀行への債務を個人的に負う可能性がある。
ブルームバーグ・ニュースは今回の報道のため、ロンドン高等法院に法的主張や証拠書類、当時のメッセージ記録などの開示を申請した。
ゴールドマンもMUFG
それによると、20年2月20日にシティが手配した500万ドルの取引が始まりだった。
10分後にはクレディ・アグリコルが同額の取引を実行。その後の2週間、ラルフ氏が巨額の損失を抱え始めても、ゴールドマンや三菱UFJフィナンシャル・グループ(
MUFG)など他の金融機関がさらに取引を積み上げた。
文書によれば、ブラックブルックに最大の支援を提供したのはシティだった。同行は総額ほぼ10億ドルに及ぶ取引を手配し、4900万ドルの損失を被ったと主張している。
シティの広報担当者は「20年に速やかに対応し、影響を最小限に抑えた」と電子メールでコメントした。
シティグループのオフィス(ニューヨーク)
Photographer: Juan Cristobal Cobo/Bloomberg 文書によると、MUFGは6300万ドルの損失を計上し、関係銀行の中で最大だった。ゴールドマンは5700万ドルを失った。
このほか、バンク・オブ・モントリオール、ジェフリーズ・ファイナンシャル・グループ、ウェルズ・ファーゴの3行は合わせて約5800万ドルの損失を被った。これらの金融機関の広報担当者はいずれもコメントを控えた。
取引の対象となったのは米30年国債だった。20年の早い時期に米国債価格が上昇した時、ラルフ氏は反落は不可避だと考えた。同氏が銀行といわゆるネイキッドショート取引を行い、近い将来に定められた価格で米国債を売却する契約を結んでいたことを文書は示している。
一般的な空売り投資家は、銀行などから有価証券を借り入れて市場で売却し、その後価格が下がった時点で買い戻し、貸し手に返却して差益を得る。
一方、ラルフ氏が行ったようなネイキッドショートでは、実際には債券を保有していないにもかかわらず、特定の価格で銀行に売却する契約を結ぶ。通常1-2日後の決済期限までの間に価格が下落すれば、債券を市場で購入し、銀行に売却して差額を利益として得る仕組みだ。
この手法を使うことで、ラルフ氏の小規模な会社は短期間で数十億ドル規模のポジションを築くことができた。
ロンドンの金融コンサルティング会社ヘッジ・アナリティクスを率いるメイリック・チャップマン氏は「ブラックブルックの資本規模は小さく、リスクにさらされていた金額とまったくつり合っていないように見える」と述べ、「デューデリジェンス(資産査定)が滑稽なほど欠如していたようだ」と指摘した。
もたれ合い
ジェフリーズやHSBCホールディングスで債券取引部門の上級職を務めたジョージ・ホワイトヘッド氏も「ブラックブルックは自社が抱えたポジションを運用できるだけの資本をまったく持っていなかった」と分析。「リスク管理部門の誰かが『なぜわれわれはまだ彼らと取引しているのか』と問いかけるべきだった」との見方を示した。
文書によると、20年2月20日にシティとの最初の取引を行ってからわずか3日で、ラルフ氏の取引総額は約6億ドルに達していた。その数日後には倍以上の13億ドルに膨らんだ。
コロナ禍が世界各地で経済活動を停止させ始めると、米国債の価格は下落どころか上昇した。それでもラルフ氏はさらに取引を積み増していった。
ブラックブルックは20年3月10日に破綻した。同社が取引決済を履行できなかったため、銀行側は受け取るはずだった米国債を市場で買い戻さざるを得ず、その過程で約2億5000万ドルの損失を被った。
MUFGのロンドン拠点では、ブラックブルックが米国債を期限までに引き渡せなかったため、従業員の間で不安が広がった。
事情に詳しい関係者の1人によると、従業員の1人がラルフ氏についてインターネットで検索し、同氏の富を示すSNS投稿を見つけ、不安はいっそう強まった。
裁判所資料によれば、別の従業員は警告のメールを送り、「すべての取引が依然として失敗している」と伝え、至急確認し対応するよう求めた。
ロンドンのベイズ・ビジネス・スクールで金融を教える上級講師アンジェラ・ガロ氏は、ブラックブルックの破綻は、高リスクのトレーディング企業がウォール街の貸し手にもたらす脅威を浮き彫りにしたと指摘する。
ラルフ氏と愛車フェラーリ・テスタロッサ(ストレーツ・タイムズ紙とのインタビューで)
Source: The Straits Times © SPH Media Limited. こうした企業は、かつて銀行自身が行っていた活動を、より少ない監視下で、しかも銀行からの資金供給に依存しながら続けているという。
創業者ビル・フアン氏の資産を運用していたアルケゴス・キャピタルは、ブラックブルック破綻の翌年に崩壊した。MUFGを含む複数の銀行が、総額100億ドル超の損失を被ることになった。
米連邦準備制度理事会(FRB)や欧州中央銀行(ECB)、イングランド銀行(英中銀)などの規制当局はその後、こうした顧客との取引管理体制を強化するよう金融機関に求めている。
ガロ氏は「ブラックブルックは例外というよりも一つの行動様式を反映しており、その点にこそ重要性がある」と述べ、「まさにこのような隠れたもたれ合いこそ、英中銀やECB、FRBが調査してきた対象だ」と語った。
原題:
Trader Burned Wall Street With Bond Bet Leveraged 11,000-to-1 (1)(抜粋)
— 取材協力 Rthvika Suvarna, Greg Ritchie and Low De Wei
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