対立を避けて慎重に行動することが多い日本の政治家の中で、小泉進次郎農林水産相は異色の存在だ。
今月に入り山形のコメ産地を訪れた小泉氏(44)は、コメの価格は下げなければならないと、多くの農家にとって耳の痛いメッセージを発した。
小泉氏は数百人の農家や買い物客らを前に、「私が備蓄米を2000円で随意契約でやる決断をしなかったら、今でもコメは全国平均で4000円台でしょう」と発言。高値が続くことが好ましいという意見もあるが、「コメが高いから消費者が離れていくとしたら、それが本当に米農家の方のためなんでしょうか」と訴えた。
農相就任からわずか2カ月、小泉氏は石破茂首相によるリスクの高い政治的な賭けの象徴となっている。物価高が家計を圧迫し、政権支持率が低下する中、20日に迫る参院選を前に、与党・自民党は不満を抱える都市部の有権者の支持を取り戻すため、小泉氏の改革姿勢と知名度に望みを託している。
農業関係者らを訪問する小泉進次郎農相(7月9日、茨城県桜川市)
Photographer: Soichiro Koriyama/Bloomberg だが、この戦略は、最も忠実な自民党支持基盤の一つで、高齢化と人口減少が進み、政治不信を強める農村部の有権者の忠誠心を試すことになる。こうした支持層が自民党から離れ、参院でも与党が過半数を割り込めば、この30年余りで初めて衆参両院で少数与党という事態に陥ることになる。
これが現実となると、石破首相への退陣圧力が強まる可能性がある。米国の関税措置や防衛・社会保障費の増加、消費税引き下げ圧力の高まりといった難題を抱える政権にとって、政策運営は一段と困難になるだろう。財政拡張への懸念が高まる中、長期金利の指標となる10年債利回りは2008年以来の高水準に達した。
宇都宮大学の小川真如助教授は、農村部が自民党の基本的な地盤としてあるが、今回に関しては農村部の中には自民党を支持したいが小泉氏の政策には反対というのが一定程度いるのではないかと指摘。「今回の対応も踏まえて改善を求めたいということで、自民党以外に投票する人が増えてきてもおかしくない」との見方を示した。
農家支援を前面に掲げる参政党などが自民党から票を奪う可能性がある。
庶民派を自任する小泉氏は、自民党の異端児として知られた小泉純一郎元首相の息子で、サーフィンと既成政治の打破に情熱を注ぐ。かねてより次世代のリーダーと目され、昨年の自民党総裁選では有力候補とみられていたが、石破氏が予想外の勝利を収めた。
コメを主食とする日本人にとって、コメ価格は政治的にも感情的にも極めて重要な問題だ。トランプ米大統領は、日本が米国産米を買わないことに不満を示し、日本は「甘やかされている」と非難した。度重なる交渉にもかかわらず、日本からの輸入品に対する関税を25%に引き上げると発表した。
5月の農相就任以降、小泉氏は農政に大きな変化をもたらしている。価格設定と農家の安定収入確保を担ってきた従来の仕組みでは農業協同組合(JA)や卸売業者を介していたが、小泉氏は政府備蓄米をそうした経路を通さず小売業者に直接販売する方式を選択。一方、大規模農業を推進し、各地のJAに対しコメの集荷時に農家に代金を前払いする「概算金」の制度を廃止するよう求めている。
これらの措置は肥大化した制度の合理化を目的としたものだが、農村部では不安や反発を招いている。
過去10年にわたり自民党を支持してきた栃木県の1人区では、小泉氏の政策が波紋を呼んでいる。農家の中には与党支持を見直すとの声も出始めた。
米農家の井上真梨子さんもその一人だ。30ヘクタールに及ぶ田んぼの一角に立ち、トラクターやコンバイン、肥料散布用のドローンに囲まれながら、井上さんは不満を隠さなかった。
田んぼで作業する井上真梨子さん(7月5日、栃木県那須)
Photographer: Noriko Hayashi/Bloomberg 井上さんは、小泉氏について、「農家を守るというよりは、ものすごい消費者寄りの発言をしている」と指摘。「それでも農水大臣なのかという気はする」と語った。
長時間労働と低収入の農業で長年苦労してきた井上さんと夫の敬二郎さんにとって、このところのコメ価格の上昇は救いのように感じられたという。
井上さんは、「これだったらもしかしたら続けていけるかもしれないという希望が見えてきた」と思ったが、小泉氏に「市場介入されてしまったので、もう本当にはしごを外された」ように感じたという。「コンビニでバイトした方がもうかったりするんですよ」と話した。
米農家の井上夫妻
Photographer: Noriko Hayashi/Bloomberg 農業だけでなく日本経済の他の分野にも及ぶ本格的な改革の青写真が小泉氏にあるかどうかを判断するのは、時期尚早だ。現時点で同氏のアプローチは、都市部での支持回復が地方の有権者の離反リスクを上回るという判断に基づく計算された賭けと言えるだろう。
自民党の政治戦略は、日本の人口動態の変化によって再構築されつつある。1960年には農業従事者は約1200万人(労働人口の29%)いたが、2023年には約180万人(同2.7%)まで減少している。米農家は現在約55万人で平均年齢は72歳。政府試算では5年でさらに半減するとみられる。
自民党はこれまでJAと連携し、農家への助成金交付や供給管理を通じて、流通網全体の利益確保に努めてきた。 政府はコメ価格を下支えするため、農家に対し他の作物への転作を促す助成金も交付してきた。だが、この仕組みは90年代半ばに、国際貿易協定により日本の農業市場が開放を迫られる中で次第に圧力を受けるようになった。
JAは現在でも自民党との結びつきが深く、自民党候補を支援することで政策への影響力を確保している。ただ、多くの農家は取り残されつつあると感じている。
井上敬二郎さんは、自民党の農業政策には二重基準があるように感じると話す。政府はコメ価格が低い時は農家を助けてくれないが、価格が上昇すると消費者のニーズ優先で動き出し、「農家はいい目にあえない」と語った。
自民党の選挙ポスター(7月5日、栃木県那須)
Photographer: Noriko Hayashi/Bloomberg 農家出身で、現在は所有する土地に設置した太陽光パネルで売電しながら収入を補っている菅谷英位さんも同じような思いだ。
菅谷さんは、農機具や肥料代、農薬、税などあらゆるものが上がっているが、コメ価格は下がっており、「農業に対する将来性がない」と述べた。
長年自民党を支持してきた菅谷さんだが、今回の選挙では自民党の候補者に投票するつもりはないという。 「本当に農政をしっかり考えているのか」と疑問を呈した。
小泉氏は、1袋5キログラムのコメ価格を約4300円から3500円程度まで下げることに成功した。従来の流通経路を回避するという同氏の戦略は、政府備蓄米を既存のネットワークを通じて段階的に放出することで価格の安定化を図ろうとした江藤拓前農相とは一線を画すものだった。江藤氏の対応策はほとんど効果が見られなかった上に、「コメを買ったことがない」という不用意な発言も辞任を早める一因となった。
党執行部は、小泉氏の起用で早期に成果を上げ、改革を促し、都市部の若年層有権者へのアピールを期待していた。
当初は、小泉氏の起用により、与党が参院で過半数を維持する可能性が高まるかに見えた。だが、トランプ政権との関税交渉に進展が見られない中で、そうした期待も徐々に薄れ始めている。与党が過半数を維持できる16議席減に抑えるという石破首相の目標が達成されれば、小泉氏は一定の功績が認められ、今後の総裁選再出馬への道が開かれる可能性がある。
一方、目標を下回れば、石破氏が責任を問われる可能性は高く、退陣へのカウントダウンが始まることになるだろう。小泉氏が自民党総裁の座を狙う布石となる可能性は出てくるが、総裁選で惨敗すれば同氏の人気に陰りが出る恐れもある。
父・純一郎氏と同様に、小泉進次郎氏は国民との直接的なつながりを重視している
Photographer: Soichiro Koriyama/Bloomberg 栃木県で米農家を営む天谷美恵さんは、7月の焼けつくような日差しの下、田んぼでトラクターを走らせながら額の汗を拭う。小泉氏については、おそらく「土も触ったことない」だろうと述べた。生活環境が違うため、農業を理解してといくら言っても無理なのではないかと語った。
天谷さんの懐疑的な見方は、自民党だけでなく、立憲民主党や国民民主党、右派系の参政党など、国内の政党が抱えるより広範な課題を浮き彫りにしている。人口動態の変化に伴い、かつては確実な支持基盤とされていた農村部などの組織票の力が弱まっていることが背景にある。
東京大学の内山融教授(政治学)は、農業票に限らず組織票はどんどん減っているので、無党派層や、組織票以外の層の票をどう取り込んでいくかが大事になるとみている。
内山氏は、今後の自民党について、「旧来型の規制に軸足を乗っけるのか、もっと無党派層向けに軸足を乗っけるのか、あるいはその二つをうまく使い分けて両方の支持層にアピールしていくか」と指摘。自民党が今後どういう政党になっていくかという、ある種の「分かれ道になる」との見解を示した。
原題:
Japan’s Ruling Party Stirs Voter Backlash With Bold Rice Reform(抜粋)







