米ハーバード大学の卒業生や実業界の著名人が今年2月、マンハッタンのミッドタウンで行われた追悼式に集まった。1989年から2004年までハーバード大学の財務責任者を務めた元マッキンゼーのマネジングパートナー、ロン・ダニエル氏をたたえるためだ。
Ron Daniel.
Illustration: Christian Blaza for Bloomberg Markets 93歳で亡くなったダニエル氏は、ハーバード大学寄付基金理事会の会長として、基金の驚異的な成長を監督した。同氏のリーダーシップの下、ハーバードは学内ヘッジファンドともいえるハーバード・マネジメント・カンパニー(HMC)を設立。ボストン港を一望できるボストン連銀ビルのオフィスでHMCは、当時は寄付基金にとって斬新だったプライベートエクイティー(PE)やヘッジファンドといった長期投資戦略を他に先駆けて導入した。
「HMCは世界屈指の投資運用会社として認められるようになった」と、HMCの元運用者で後に自身のヘッジファンドを立ち上げるために退職したジョナサン・ジェイコブソン氏は追悼式で語った。
しかし、それは過去の話だ。年率8.8%というここ20年のハーバード大寄付基金のリターンは、アイビーリーグ8校中7位。米大学実務者協会(NACUBO)によると、運用資産50億ドル(約7150億円)以上の大学基金の60%に後れをとっている。過去10年のリターンは80%の基金を下回る。
Harvard’s Humbling
Size and return of university endowments
Sources: University data, National Association of College and University Business Officers, Bloomberg
Note: Fiscal years ended June 30. Return period ended June 30, 2023.
ハーバード大学のローレンス・サマーズ元学長は、学生新聞「ハーバード・クリムゾン」に対し、過去20年に平均的な基金と同程度の成長をしていたならば、ハーバードの基金総額は現状より200億ドル余り多かったはずだと不満を述べた。この金額はペンシルベニア大学の基金総額にほぼ匹敵する。(サマーズ氏はハーバード大学教授、元米財務長官で、ブルームバーグテレビジョンは出演料を支払い定期的に招いている)
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ハーバードは投資の才能がある人材への報酬を惜しまなかった。HMCの納税申告書によると、ハーバードの基金は過去20年間でトップクラスの運用者や経営陣に総額約8億ドルを支払っており、これは同校の学部生向け奨学金予算の3年分以上に相当する。基金は直近の年度の報酬は開示していない。
2023年6月時点で507億ドルのハーバード大学寄付基金は依然として高等教育界で最大の規模を誇るが、この状態は長くは続かないかもしれない。石油収入が潤沢なテキサス大学システムが、ハーバードを追い抜く可能性もある。
ハーバードの基金運用成績が低迷している背景には、典型的な投資の失敗がある。つまり、戦略転換のタイミングが悪く、高値で買って安値で売っていた。05年以降、ハーバードには7人の基金運用責任者がいるが、そのうち3人は暫定責任者で、2人は在任2年未満だった。
基金は相場が下落する前にリスクを高め、回復する直前にエクスポージャーを減らしていた。 人気のピークが過ぎた投資を行い、値下がりするのを見守るしかなかったこともあった。
最近では、パフォーマンスが悪化する直前にプライベートエクイティーに資金をつぎ込んだ。 「まるで後れを取らないように必死になっているように感じられる」と、長年ハーバード大学の基金を見てきたボストン大学の金融学講師、マーク・ウィリアムズ氏は言う。
ハーバード大学の現職および元基金責任者は、コメント要請に応じなかった。基金の広報担当パトリック・マッキーナン氏は書面で、HMCは同校の教育および研究の使命を支えるリスク調整後リターンの創出に「唯一の焦点」を当てていると説明した。
ブルームバーグ・マーケッツ誌 10/11月号
Photographer: Rubén E. Reyes for Bloomberg Markets ライバル校であるエール大学との対照はこれ以上ないほど鮮明だ。同大学では36年間にわたり、最高投資責任者(CIO)はデービッド・スウェンセン氏ただ1人だった。同氏が21年に死去した後を引き継いだマット・メンデルソン氏は、ベンチャーキャピタルのポートフォリオを担当していたスウェンセン氏の腹心で、07年にエール大学を卒業して以来、同大学で働いている。
エール大基金の過去20年のリターンは年率10.9%で、大型ファンドの上位10%に入る。今世紀に入った頃、ハーバード大の基金はエール大の2倍の規模だったが、現在ではその差は25%にまで縮まっている。
ハーバード大学(マサチューセッツ州ケンブリッジ)
Photographer: Scott Eisen/Getty Images North America ハーバードの苦境は投資の不調ばかりではない。トランプ政権時代の富裕私立大学への投資所得課税により、連邦政府は毎年数千万ドルをハーバード大学に課税。地元のマサチューセッツ州は独自の課税を検討しており、同州のケンブリッジ市とボストン市は非営利組織であるために免除されている固定資産税の代わりに、より多くの税金を支払わせようとしている。
また、イスラエルとイスラム組織ハマスのガザ地区での戦いを巡る激しい論争に、同大学と基金は巻き込まれた。大口寄付者の中には、キャンパス内での親パレスチナ派の抗議活動や反ユダヤ主義への同大学の対応を理由に、寄付を停止すると表明した者もいる。
ダニエル氏の追悼式で、ジェイコブソン氏はこうした困難に言及したが、それはハーバード大の投資戦略について語っているようにも聞こえた。「ロン(ダニエル氏)や彼と同世代の人々が今もいれば、ハーバードは現在の困難をはるかにうまく乗り切ることができ、こうした問題に直面することすらなかったかもしれない」と同氏は語り、聴衆は拍手喝采を送った。
ハーバード大基金の現在のトップ、N・P「ナルブ」・ナーベカー氏は16年12月に、コロンビア大学の寄付基金からやってきた。同基金は08年の金融危機時に損失を最小限に抑えながらエール大と同等の収益を上げていた。理事会の指示を受けてナーベカー氏はハーバードの基金を大幅に改革し、230人いたスタッフの半数を削減、給与体系を一新し、その後、外部マネジャーへの移行を進めた。
ナーベカー氏はコロンビア時代の同僚を招き入れ、投資成績の回復に努めた。「HMCの基金が大き過ぎるため魅力的なリターンを生み出せないという意見をよく耳にするが、同様の運用資産を持つ同業他社の例が示すように、基金の規模は低調なリターンの言い訳にはならない」と同氏はHMCの18年度の年次報告書に記している。投資の組み合わせを選択する際には、特にリスクに注意を払うよう努めたと説明した。
N・P「ナルブ」・ナーベカー氏
Illustration: Christian Blaza for Bloomberg Markets ナーベカー氏はパフォーマンスが芳しくなかった前任のジェーン・メンディロ氏が好んだ天然資源への投資を巻き戻し、天然資源ポートフォリオの評価額を約10億ドル引き下げた。年次報告書によると、ヘッジファンドへの投資配分を増やし、19年6月には保有資産の3分の1とした。現在もその水準を維持している。それ以前の年にヘッジファンドは好調なパフォーマンスを記録しており、伝統的な株式や債券から分散を図る投資手法と見なされていた。
ハーバードが選んだファンドには、ダニエル・サンドハイム氏のD1キャピタル・パートナーズ、ジェフリー・タルピンズ氏のエレメント・キャピタル・マネジメント、そしてハーバード大基金の元マネジャーが大学からの約4億ドルの資金を元手に設立したTPRVキャピタルなどが含まれていた。
だが、18年以降のほとんどの年において、パフォーマンス低迷と高い手数料への懸念でヘッジファンドからは資金流出が続いた。投資リターンのマイナスが3年間続いたエレメントは今年、40億ドルを顧客に返還すると発表。TPRVは投資家が資金を引き揚げた後、21年にヘッジファンドを閉鎖した。
事情に詳しい関係者によると、ハーバードはD1に4年間投資したが、同社が2桁台の損失を出した22年に資金返還を求めた。ハーバードの撤退後に、D1が投資していた銘柄は上昇したという。
ハーバードがヘッジファンド投資の状況を最後に開示した21年6月までの年度には、ヘッジファンドの投資収益が16%だったのに対し、公開株への投資収益は50%だった。ヘッジファンドはコメントを拒否するか、質問に回答しなかった。
ナーベカー氏は自身の報告書の中で、ハーバード大の投資にはプライベートクイティーが十分ではなく、長年にわたって購入の好機を逃してきたと論じた。プリンストンやエールがプライベートエクイティー投資で目覚ましいリターンを上げていたこともあり、17-23年の間に、同氏は基金のプライベートエクイティー保有率を16%から39%に増やした。プライベートエクイティーファンドは保有資産の価値の報告が遅いため、ハーバードの投資実績を判断するのは難しいが、最近ではプライベートエクイティーよりも公開市場の方がパフォーマンスが良い。
大学からの指示により、ハーバードの基金は化石燃料関連への新規投資を停止し、エネルギーセクターの高いリターンを逃した。この決定は22年の投資損失にわずかに影響したという。17年7月から23年6月までのナーベカー氏の下でのリターンは年率9.2%で、アイビーリーグで2番目に低かった。
ハーバード大基金の報酬は、ジャック・マイヤー氏がトップだった時代に比べると抑制されている。しかし、ナーベカー氏の過去5年間の平均報酬額は660万ドルで、これはエール大学での最後の数年間にスウェンセン氏が受け取った500万ドル、および後任者の初年度の報酬額170万ドルを上回っている。ハーバード大の卒業生でタンパ在住の弁護士スタン・エレフ氏は、この記録は同大学が「悪いリターンに高額な報酬を支払っている」ことの表れだと言う。同氏が所属した1969年のクラスには、ハーバード基金の運用者報酬にかねてから批判的なグループもある。
ナーベカー氏の就任以降に、ファンドの運用状況を評価することがより困難になるような変更がもう一つ加えられた。ハーバードは22年に、プライベートエクイティーやヘッジファンドを含む保有資産の種類別運用実績の開示を停止した。
(原文は「ブルームバーグ・マーケッツ誌」に掲載。ジャネット・ローリン氏はニューヨークを拠点に、ブルームバーグで教育金融を担当しています)
原題:
Harvard Endowment Paid Out a Fortune and Lost Its Investing Edge(抜粋)








