ウォール街で由緒あるプライベートエクイティー(PE、未公開株)投資会社が、ある企業の売却を望んだ。ゴールドマン・サックス・グループやモルガン・スタンレー、JPモルガン・チェースといった一流の投資銀行が、この取引を支援した。
取引完了からわずか数カ月後、売却された企業の最も重要な利益指標、EBITDA(利払い・税金・減価償却・償却控除前利益)が幻影だったことが分かった。
多くの金融専門家は長年にわたり、非上場企業がEBITDAという高度に操作された利益を業績を示す指標として報告していることに警告してきた。
悪夢が現実となったかのような今回の事件は今、刑事捜査と責任のなすり付け合いの渦中にある。
裁判所文書などから問題の詳細が明らかになり、重要な利益指標の背後にある会計上の錬金術について、内部の様子がまれに見るほど詳しく伝えてられている。企業買収に資金を投じようとする投資家が教訓とすべき事例だ。
発端
PE投資会社のリンゼイ・ゴールドバーグが2019年にオーストリアの包装会社シュア・フレキシブルズの売却に乗り出したところ、市場から疑いの目を向けられたことが発端だった。
ゴールドマンによる買い手探しは初期段階で失敗に終わったが、最終的に21年に投資会社B&Cグループに売却された。B&C側のアドバイザーはモルガン・スタンレーとマッキンゼーが務めた。
シュアは売却された後、ほぼ即座に崩壊したが、売り手側は何も間違ったことはしていないと主張している。
B&Cが雇った会計士がシュアの経営陣が資金を不正使用した証拠を発見したことを受け、オーストリアの検察当局がEBITDAとそれが悪用された疑いで捜査に着手した。
PE投資業界は3年間のM&A(企業の合併・買収)低迷期に前例のない水準まで積み上がったポートフォリオ企業の売却を図っている。
その際には、売却される企業の収益性がどの程度改善したかが徹底的に検証される。シュアの例は、収益性の算定を誰が行うかによって結果が異なることを示した。
売却に向けたゴールドマンの最初の取り組みでは、潜在的な買い手であるプラチナム・エクイティー、シンベン、
ローンスターがシュアの財務状況について懐疑的な見方を示したことが、ゴールドマンの内部文書から明らかになっている。
買い手候補はシュアの利益急増を分析するのが難しいことに難色を示した。しかし、利益を示す数値が誇張されている可能性があるという指摘は、当時シュアの諮問委員会メンバーだったマイケル・ディーズ氏によって退けられた。同氏はリンゼイのマネジングパートナーだ。
ディーズ氏は昨年12月の宣誓証言で、単なる見解の相違だったと述べている。
A Difference of Opinion?
Source: US court filings
Note: Comments shown are excerpted from Dees deposition, with emphasis added.
ウィーンを本拠とするB&Cは、デューデリジェンス(資産査定)の期間を短縮した後、シュアの企業価値を約9億ユーロ(現在の為替レートで約1400億円)と評価する取引で同社の過半数株式を取得した。 リンゼイは20%の株式を保持した。
暗転
JPモルガンは、新たな債務パッケージの取りまとめを支援。しかし数カ月後、シュアの新オーナーとなったB&Cは、経営陣による浪費や報告された利益を水増しする工夫が施された会計処理の証拠を見つけたと債権者宛ての書簡で訴えた。
シュアに絡む債権の価値は急落。銀行が与信枠を凍結したため、B&Cはアポロ・グローバル・マネジメントが率いる債権者グループにシュアの経営権を譲渡せざるを得なくなった。
シュアは最終的にEBITDAを修正し、20年のEBITDAを3分の1に引き下げた。KPMGから送り込まれた会計士は、それ以前の2年分についてもさらに大幅な修正を勧告した。
この経緯は、当事者がやり取りした社内メールや電子メッセージ、裁判での宣誓証言、その他の記録から明らかになった。
オーストリアの不動産帝国シグナが会計処理に対する批判が原因で破綻し、ドイツの決済会社ワイヤーカードの不正会計を巡る裁判が続く中、欧州の監査業界は再び厳しい目にさらされることになった。
プライスウォーターハウスクーパース(PwC)はシュアの決算を承認。EY(アーンスト・アンド・ヤング)は買い手のデューデリジェンスを支援した。
Slashing Numbers
KPMG suggested significant restatements to earnings figures
Source: KPMG findings
Note: Firm was asked to provide assessment after B&C purchase. Numbers in millions of euros.
リンゼイの広報担当者によれば、シュアの「財務諸表は、4大会計事務所の1社であるPwCによって監査され、承認された」という。
同担当者は「B&Cはシュアを買収する前に広範なデューデリジェンスを実施し、同社がEBITDAをどのように計算し報告しているかを知り、理解していた。また、迅速な新規株式公開(IPO)による大きな利益を見込んで、シュアの市場価格を上回る評価額を提示した」と主張した。
シュア諮問委の会長だったリンゼイの幹部、トーマス・ウンガー氏の代理人を務める弁護士は、同氏はシュアの会計には関与しておらず、不正支出の疑惑も知らず、横領容疑で捜査されているわけではないと説明。
シュアの元最高経営責任者(CEO)と財務担当取締役の弁護士は、2人はいずれも不正に関与していないと述べた。
ゴールドマンの広報担当者は「シュアの財務アドバイザーを務めていた際には適切に対応しており、不正行為については認識していなかった」としている。
反論
B&Cは買収完了後に初めて実態を知ったとし、「シュアのEBITDAと実際の事業状況は、リンゼイの監督下で著しく誤って報告されていた」と反論。「加害者が法の裁きを受け、B&Cが賠償を受けられると確信している」と付け加えた。
PwCは守秘義務を理由に取材に応じなかった。現在シュアの経営権を握るアポロに加え、モルガン・スタンレーとマッキンゼー、EY、JPモルガンもコメントを控えた。
B&Cはこの事件で大打撃を受けた。約3億ドル(約450億円)のPE投資は1年足らずでゼロになった。その後、保険金で半分ほどを取り戻したが、今はリンゼイに賠償を迫っている。
EBITDAは、企業買収の世界では重要な指標とされており、企業評価や融資条件、経営陣のボーナス額の見極めに寄与する。本業とは見なされない特定の費用を除外することで、買い手企業や銀行、監査法人、貸し手、経営幹部が事業の真の価値を評価するのに役立つ。
しかし、企業側の判断や会計処理によって影響を受け、時には業績を誇張して見せることにもなる。
懐疑的な投資家がEBITDAについて語る場合、企業による仮定に基づく「調整後」の数値を指すことが多い。B&Cによるシュア買収では、報告されたEBITDAで同社が資本支出として除外した費用が焦点となった。
リンゼイの下で、シュアは特定のボーナス支払い、過剰なコンサルティング契約、さらには機械の試験・保守・移設にまで及ぶ膨大な支出を資産として計上し、時間をかけて減価償却していたとされる。
要するに、一連の経費をすぐに認識せず、提示するEBITAの数値を水増ししていたということだ。
Warren Buffett
ウォーレン・バフェット氏 数十年前、著名なバリュー投資家ウォーレン・バフェット氏は、自身の投資・保険会社バークシャー・ハサウェイの株主に、そのような数値を当てにするのは危険だと警告した。
「EBITDAという言葉を見るとぞっとする。経営陣は妖精が資本支出を支払ってくれるとでも思っているのだろうか」と語っていた。同氏は最近、再びこの問題に言及し、EBITDAを「欠陥のあるウォール街の人気指標」と呼んだ。
オーストリアの刑事事件捜査は、シュアの元経営陣だけでなく、リンゼイ欧州部門のマネジングパートナーだった諮問委の元会長にも及んでいる。現時点では誰も起訴されておらず、訴追に至らない可能性もある。
不信感
この事件は、企業を買収し、立て直し、売却するというサイクルを繰り返しながら、投資家に利益を分配しようとするPE投資会社が、投資先企業の行動に対してどの程度の影響力と責任を持つかという問題に帰着する。
19年にシュアを売却しようとしたリンゼイによる最初の試みが失敗に終わったのは、EBITDAに対する懸念があったためだ。
ゴールドマンがPE投資会社にシュア買収を持ちかけた後に各社が示した反応を追った内部文書からは、EBITDAの急上昇に対する懐疑的な見方、または全くの不信感が浮き彫りになる。
Some Potential Bidders Were Skeptical
Source: US court filings
Note: Comments shown are excerpts from exhibit, with emphasis added.
シュアの元幹部は昨年12月、EBITDAの数値と関連する資本的支出の間に大きな隔たりがあったため、売却プロセスは失敗に終わったとオーストリアの捜査官に語った。
リンゼイは21年に売却プロセスを再開し、今度はB&Cに白羽の矢を立てた。B&Cはデューデリジェンスのペース加速に同意し、買収が実現した。
裁判所への提出書類によれば、シュアの幹部は売却契約締結前に収益について活発に議論していた。「利益を上げず、損失を出しているという真実を語るわけにはいかない」と、ある上級幹部が同僚にメッセージを送っている。
ブルームバーグが入手した文書によると、リンゼイはシュアと話し合い、経費を資産として計上するという方法でかさ上げしたEBITDAを報告。EBITDAと実際の損失の差は、「特定の費用の資産計上が主な原因だ」とB&Cに伝えた。
ウィーン経済・経営大学コーポレートガバナンス研究所のアン・ダーシー所長は「シュアの経営陣が実際に行ったのは、費用を貸借対照表に載せることだった。非常に短期的な措置だという点で奇妙な行動だ」と述べ「経営陣が、売却が完了するまでの間、数値を粉飾しようとした」との見方を示した。
シュアの会計処理が実際に違法の域に達していたかどうかは別として、この件は財務実績をぼかしたり、強化したりしようとする場合に会計ルールが柔軟に利用できることを示す一例だ。
そして、時間的制約や買収される企業が提供する情報への依存という状況下で、企業買収には本質的な盲点があることを示し、デューデリジェンスプロセスの欠陥を浮き彫りにしている。
EBITDAの性質を考慮すると、なぜこれほど多くの財務専門家が数値を精査しながら異議を唱えなかったのかという疑問が生じる。
「全てを検証した上で、一体どうして監査法人が異常に気付かなかったのか」と監査法人RSMのリチャード・ガードナー公認会計士は言う。「監査法人はどんな質問をしたのだろうか」。
原題:
A Disastrous Buyout Exposes Fuzzy Math in Private Equity Deals(抜粋)






